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●取材ノートから●(14) 2001年7月1日号
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「プロジェクトX」を観ながら 昨年4月から放映が始まり、好評を博している番組にNHKの「プロジェクトX」(火曜日、夜9時15分〜)があります。主に戦後の日本を支えたプロジェクトをドラマ仕立てで振り返る番組で、涙腺を刺激する独特なナレーション、わかりやすいストーリーが受けています。その5月29日放映分で、宅急便の開発物語が放映されました。 宅急便といえば、拙著『小倉昌男の福祉革命』(小学館)で主役となった、元ヤマト運輸会長の小倉昌男さんが発案し、この世に産み出した新サービスです。拙著は、小倉さんがいま全霊を傾けているヤマト福祉財団の活動を描いたもので、取材中はヤマト運輸時代の質問はほとんどしませんでしたし、小倉さんも「もう終わったこと」とあまり語りたがりませんでした。もちろん、宅急便開発物語はすでに小倉さん自身が著書『小倉昌男 経営学』(日経BP社)で詳細を書いていますから、今さら重複することを聞き出す必要もなかったのです。 ただ、取材の合間合間に、経営者としての傑出ぶりを垣間見せていました。すでに雑誌『Voice』の著者インタビューで僕自身が語ったことでもありますが、まず驚くほど素直でまっすぐな人物です。あざとい手法は好まず、正面突破の正攻法で事に当たる。そして、人に喜ばれることが大好きです。自分が手がけたことで喜んでもらえることが自分の喜びになる。最後に、倫理観です。やってはいけないことはやらない。「人に喜ばれるか」「やってもいいかどうか」この2点をクリアできれば、後は真正面から実現化させていく。だから時には中央省庁とも喧嘩をする。これが小倉流の哲学だし、だからこそ誰もやろうとしなかった「宅急便」を生み出せたし、障害者の月給一万円の現状に切り込んでいけた。僕は、そんな印象を強くしました。 小倉さん自身、あまり派手にしゃべるタイプではありませんし、テレビなどに好んで出演することもありませんから、一般の知名度は低いでしょう。でも戦後を代表する経営者の一人であることは間違いない。正直言って、最初にこの企画を持ちかけられたときは小倉昌男という人物が宅急便の産みの親だとは知りませんでした。知っていたら、初めてお会いするときにもっと緊張したかもしれない。財団のオフィスでお会いしたのが初めてでしたが、「あれ、この初老の男性が、あの小倉さん?」という印象。ヤマト運輸の経営から離れ、齢を重ねたせいだとは思いますが、いかにも経営者っぽいギラギラした部分は全然感じられなかったのです。 障害者の小規模作業所で勤める若い職員さん向けのセミナーに何度か密着取材をさせていただきましたが、福祉関係者には日経新聞を読む人は少ないでしょうし、経済活動に関心が高い人も少ないですから、集まった若い職員さんは小倉さんが「戦後を代表する経営者の一人である人物」であることを知りません。小倉さん自身も、自己紹介で「運送会社の社長をやっていました」としか言わない。セミナーでは自分が無名な存在であることを受け入れている風で、夜の親睦会でグラス片手に「ねえねえ小倉さん」と気軽に話しかけられるのを楽しんでいました。たぶん、周囲にいたヤマト運輸関係者はハラハラしたでしょうが。 「プロジェクトX」の宅急便開発物語は、いつもの涙腺刺激型の感動ストーリーで綴られ、出演していた小倉さんはあくまでも脇役でした。でも、セミナーに参加していた若い職員は、あのテレビを観て、「凄い人物と気軽に接していたのだなあ」と改めて驚いたことでしょう。何を隠そう、僕もしつこく取材して回った日々を思い出し、身が引き締まる思いがしました。 『Voice』で僕にインタビューをしたライターによれば、男性取材者で小倉さんに単独インタビューを続けて3回もやったのは僕くらいだとか。密着・同行取材をあわせると10回近くになると思いますが、とても幸せな日々だったなあと思うのでした。 |
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